文字サイズ
文字を縮小標準サイズ文字を拡大
English中文簡体中文繁体한국어
王滝村王滝村
王滝村の概要イベント・行事村へのアクセス観光ブログ
現在位置:HOMEの中の木曽御嶽山から木曽御嶽山登山道(王滝口)の概要

木曽御嶽山登山道(王滝口)の概要

木曽御嶽山(王滝口)登山情報

登山道王滝口

ゆったりと四方に裾野を広げた大きな姿の独立峰「木曽の御嶽山」(きそのおんたけさん)。その孤高を誇る姿は雄大にして威厳を感じさせます。村人は親しみをこめて「御山」(おやま)と呼びます。
古くから信仰の山として信者の畏敬を集める「霊峰」として有名ですが、夏には多くの山岳ファンで賑わいます。数ある登山道のなかでも、王滝口は車で、7合目(標高2,180m)まで上がることができ、また剣ヶ峰へのアプローチが最短であることから、最も利用者が多いルートとして有名です。駐車場のある田の原から頂上の剣が峰(標高3,067m)までは約3時間の行程は高山(日本で14番目)でありながら日帰りも十分可能です。
独立峰ならではのダイナミックなロケーションや、 南北に3キロにもなる広い頂嶺部では山頂湖めぐりなど歩く楽しみも多彩です。
王滝口登山道の基点
王滝口登山道の基点(田の原)からみる御嶽山(8月撮影)

御嶽山の概要

御嶽山は長野県と岐阜県の県境、北緯35度53分、東経137度28分に位置し、山体の座積は約900平方kmを占め、標高は3,067mに達する一大集複層火山です。乗鞍火山帯南端の独立したコニーデ型の活火山は、最高峰の剣ケ峰を筆頭に、西から継母岳、摩利支天山、継子岳の各ピークを連ね、上俵山、三浦山、三笠山を従えています。
山頂には、南北に一ノ池から五ノ池までの噴火口跡が一列に並び、長い裾野を形成する火山造山の顕著な地形を見ることができます。ことに三ノ池や四ノ池、八合目付近からは、雪解けとともに高山植物の美しいお花畑が見られ、山腹から裾野にかけては深い原生の森や木曽ヒノキの美林でおおわれ、荘厳な山容を誇っています。また、古来から信仰の山として富士山、白山、立山、大山などと共に霊峰としても知られ、信仰と登山の岳として親しまれています。

御嶽信仰

御嶽信仰の歴史は古く、初めは修験道の場として栄え、平安・鎌倉・室町の中世時代から、民間信仰が結びつき、御嶽独自の山岳信仰が生まれたとされます。この頃になると厳しい修行を重ねた道者と称する人々が集団的に登拝する風習が行われるようになりました。
こうした集団登拝は江戸時代未まで続き、1784年(天明4年)、尾張の行者・覚明(かくめい)によって三岳村(現木曽町)の黒沢口が開かれ、1794年(寛政6年)には武蔵国の行者・普寛(ふかん)によって王滝口が一般民衆に開放され、これを期に木曽周辺にとどまっていた御嶽信仰が全国的な信仰へと拡大されていきました。
 

しかし明治維新後、神道をわが国の宗教とする政祭一致の政策が打ち出され、神仏分離が進められるに至って、仏像をもって神体とする神社、仏像や仏具を社前に祭る神社が改められていきます。御嶽神社もまたこれに習って菩薩像や権現号の仏関連のものを除きますが、もともと御嶽の信仰は、御嶽山の山そのものであり、その象徴である御嶽神社を中心に信者が固く、広く結ばれていたこともあり、宗派を問わず、独自の講社として神仏混合の形態を実質的にとるわが国の特異な山岳信仰として存在しています。
なお、御嶽神社は山頂に奥社があり、山麓に里社、王滝村上島に三社、三岳黒沢に若宮と本社があり、毎年夏になると白衣姿で参拝する講社と呼ばれる信者たちの団体で賑わいます。
御嶽信仰

御嶽霊神碑

御嶽を開いた覚明と普寛の両行者は、死後の安住の地を御嶽山と定め、死後、霊魂は御嶽に帰ることを歌い残しています。また、御嶽を信仰する者は、死後その霊魂は童子としてお山に引き取ってもらえるとも説いています。こうした、死後の霊魂の憩いの場を御嶽に求めようとする独自の信仰感は次第に一般信者に浸透し、霊神碑の建立の風習が盛んになりました。王滝口、黒沢口の両登山道には2万基を超える霊神碑が林立しているのもこのためです。

御嶽の四門

登拝や修業にはさまざまな時期、順序、方法、行場などが定められていますが、御嶽の四門もこれら修験道に関係のある決まり事です。四門とは、吉野の金峯山などで知られているように、発心(東)、修行(南)、菩提(西)、涅槃(北)を指しますも御嶽では御嶽を中心にしてこの四門が定められ、北は鳥居峠、東は岩郷村(現木曽町福島)の神戸、西は飛騨街道筋の長峰峠、南は三浦山中の拝殿山を指しました。いずれも木曽谷に入って初めて御嶽山を目にすることのできる場所であり、修験者にとっては修行の大切な場所として重視していたと考えられます。

百草/御嶽信仰の行者から伝授された神薬

「御嶽山の霊薬百種を採り集め、よく前じ詰めて薬を製せば霊験の如し、これを製して諸人を救え」。「百草」は、三岳黒沢ロを開いた尾張の行者・覚明(かくめい)と、王滝口を開いた武蔵国の行者・普寛(ふかん)によって伝授されたといわれ、御嶽信仰の普及とともに、「御神薬」として行者たちによって全国の信者に配布されるようになったと伝えられています。
  百草はキハダの樹皮に含まれる黄柏エキスが主成分で、御嶽の五夢草と呼ばれるコマクサ、オンタケニンジン、トウヤク、テングノヒゲにさらに、ゲンノショウコ、ビャクジツなどの薬草が数多く配合されれ、胃腸薬として飲み、また切り傷や打ち身に塗布したり、眼病の洗眼に利用したりしました。ちなみにオウバクエキスの主成分は、薬学的にもその薬効が再確認されています。
百草

水源の森づくりパートナー募集 水と緑のふるさと基金
木曽御嶽山
御嶽山方面・田の原線 <7/16(土)~8/28(日)まで毎日運行>

お問い合わせ
王滝村役場総務課
0264-48-2001
このページは役に立ちましたか?




 
このページについての要望などを入力してください
お問い合わせ個人情報保護方針利用規約サイトマップ
王滝村役場
〒397-0201 長野県木曽郡王滝村3623 TEL:0264-48-2001 FAX:0264-48-2172